プロセス評価
以下、抜粋。(正確に抜粋できてないかもだけど)
カオスの中、決まった 漫画家のしりあがり寿さんの話 参院特別委の採決は、カオスの中で大切なことが決まってしまう原始的な光景に思えた。 一連の審議で感じたのは、与野党ともに正しいと信じる目的のためには手段を選ばなくなっていることだ。違憲っぽい法案を無理やり通そうとする与党は、そうでもしないと国民を守れないと思っている。一方の野党も、法案を止めることだけが国民のためだと思っている。中国が武力行使してくるか、自衛隊のリスクが高まるか、将来のことは誰にもわからない。わからないからこそ、プロセスを大切にしなくてはならない。
全力で共感しました。
正直、当該の法案の是非を判断できるほど自分は関連する知識もないし、十分な情報収集もしていない。
雰囲気だけで、法案が成立した方がいいのかな、という感じだ。
国会前のデモに感じる根拠のない違和感や、中国の武力行使が現実になりそうというぼんやりとした危機感。
それら、ふわっとした理由だけで法案は成立した方が良いんじゃないか、と思っていた立場だ。
でも、与野党の採決に関してはどちらにも眉をしかめてしまう。
しりあがり寿氏が指摘した仕様に、こういうときこそ、しっかりとした審議を行い、プロセスを大事にしなくては。
後々どういう結果になっても、「あのとき納得いくまで議論したから」ということがあるのとるないのとでは、大きなちがいになる。そんな気がする。
今回のような状況で法案が成立してもしなくても、将来、当該の法案に関連するような事態が起これば、「ほら、みたことか」とか、「だから言ったのに」のように後悔したり、不毛な貶めあいにつながりそうな気がしなくもない。
もっとブレイクダウンして表現すると、
納得するまでやることやって、それでダメなら諦めつくよね。
ってことだと思う。
完全に蛇足だが、昔、しりあがり寿氏が某大学で市民向けの公開講義をすることがあり、聴講した。
講義の終了後、学生たちがルーズリーフを一枚手に持って、サインを求める列をつくっていた。
そこに大学の教授が
「そんな紙にサインをいただくのは失礼だからやめなさい」
と注意した。
しりあがり寿氏は表面上には気にすることなく、学生たちのルーズリーフにサインの筆を走らせていた。
素敵なオトナだな〜、と思った。
ちなみにボクは、しりあがり寿氏の作品で一番好きな作品にサインをもらった。
「この作品が好きです」
の一言が恥ずかしくて言えなかった。
この作品を好き、ということが失礼に当たらないとは思っていたが、確信がなかった。